日本の「いま」と「これから」 -TPP時代を見据えて-

消費者の信頼があればTPPは怖くない 農業法人みずほ 長谷川久夫社長

採れたての新鮮な野菜を販売

  • 農業法人みずほ 長谷川久夫社長

 私がつくば市に「みずほの村市場(以下、みずほ)」を立ち上げたのは1990年のことです。みずほには、地元の専業農家50戸が所属しており、毎日、採れたての新鮮な野菜や果物、自然食品、鉢花などを販売しています。
 みずほで売られている野菜には、市価に比べ2~3割高い値段が付けられていますが、お客様は皆、その味と品質を納得して買っていかれます。決して便利な場所ではなく、豪華な設備もありませんが、年間30万人ものお客様に足を運んでいただいており、生活の一部として溶け込んでいます。

商品の価格は農家が決める

 私はもともと農業を営んでいたのですが、当時から、自分で作った農産物の値段を、自分自身で決められないことに強い憤りを感じていました。
 一般的に、農家は自分が作った農産物に対して、価格の決定権を持っていません。小売業者が決めた販売小売価格から、卸業者や農協などの手数料が引かれ、残った金額が農家の手元に入るという仕組みになっています。小売業者は、生産コストを無視し、その値段でないと売れないからという理屈で商品の価格を決めています。背景には、隣のスーパーとの価格競争もあります。そのため、農産物の種類にもよりますが、農家の手取りは販売小売価格のおよそ3割しかなく、生産コストが収入を上回る場合もあります。また、相手に値段を付けられてしまっては、それに応じたものしか作ることができません。
 そこで、みずほでは、農作物を作った農家が、自分で価格を決めることにしました。生産コストが高くついても、その分高く売ることができるので、美味しさにこだわって農作物を作ることができます。もちろん、売れなければ自分の責任になります。

農産物の流通経路

 私は日頃から、「再生産できる価格」をつけるよう、口を酸っぱくして指導しています。農家が、安全、安心で美味しい農作物を作り続けるには、相応のコストがかかります。コスト割れしている価格では、農家は生活できません。原価に利益をきちんと乗せて、次も生産できる価格を提示する必要があるのです。 そのためには、消費者にも応分の負担をいただかなくてはなりません。他店で、1キログラム300円で売っている野菜があるとしましょう。みずほでは、生産者が200円でよいと言うのであれば、その価格で販売します。しかし、他店が100円に値を下げたとしても、みずほは200円で売り続けます。
 ですから、みずほでは、ほとんどすべての農産物に対して試食のサービスを行っています。私たちの農産物の品質を理解してもらうには、実際に食べていただくのが一番です。各農家が販売する農産物の前に、食べやすい大きさに切り分けた試食用のサンプルを置いて、お客様に食べ比べてもらい、最も美味しかった農家のものを買ってもらいます。
 そのため、通信販売やネット販売は一切行っていません。自分の目で確かめ、実感し、納得した品質に対して、私たちはお金をいただいているからです。

  • ジャガイモの試食はふかしたて
  • 試食サービスは品質に対する自信の証

農家を強くする独自のルール

  • みずほの村市場つくば本店

 また、みずほでは、一つの品種を2件以上の農家が作るようにしています。そして、後から売る農家は、以前から売っている農家よりも安い価格を付けることができないというルールを定めています。これは、価格による競争を許さず、品質による競争を徹底するためです。
 例えば、最初の農家が1キログラム200円で売っているのであれば、次に参入する人は200円以上で売らなければなりません。そのためには、付加価値を高めて差別化し、品質で勝負するしかありません。後発組は栽培方法や肥料などを工夫して、農産物の品質を高めようと努力します。一方、先発組も品質改良に努めなければ、後発組に押されて売上を落とすことになります。こうして、みずほの農家は、農産物の品質向上を競い合うのです。
 さらに、みずほでは、農家の年間の最低売上目標を360万円としています。達成できなかった場合には、不足分の15%の違約金を支払ってもらいます。売上が300万円しかなければ、不足分60万円の15%、9万円の違約金が発生します。
 逆に、年間売上が1,100万円を超えれば、超過分の15%の報奨金がもらえます。1,300万円の売上があれば、超過分200万円の15%、30万円の報奨金がもらえるわけです。
 この最低売上と違約金のルールを定めた時には、農家から猛反発がありました。当時は「なぜ売上のない人から罰金を取るのか、売れない人からものを取るのは失礼だ」と散々な言われようでしたが、今では、「それだけの売上がなければ生活が成り立たない」、「最低売上、報奨金、違約金のハードルがあることで頑張れる」と言われます。皆、農業に取り組む姿勢が変わりました。
 実際に、50戸の農家のうち、新規就農者の2、3人は違約金を支払っています。しかし、技術も能力もない状態からスタートするのだから、初年度に違約金を支払うのはやむを得ないと皆納得しています。彼らは3年後、5年後の目標をしっかりと見定めて一生懸命取り組んでおり、私も応援しています。
 また、みずほの農家は、販売額の15%をみずほに手数料として支払いますが、残りはすべて農家の収入となります。全国の直売所における、農家の年間売上額は平均で80万円程度ですが、みずほの農家は平均800万円を売り上げます。「みずほで取り組んだおかげで子どもを大学に入れることができた」という人もいます。
 あるゴボウ農家は、市場では5ヘクタール分の売上が、みずほでは1ヘクタールで賄うことができると言います。作付面積が少なければ、肥料代や設備費用も少なくて済みますし、労働力にも余裕が生まれます。農場の管理や農作物の観察も丁寧にできます。経営の基本は、ムリ、ムダ、ムラを省くことです。

店頭に農家の方々の顔写真が大きく掲示されている

農業に経営の視点を

  • 「これからは農家も農業経営者として自立を」

 日本では、すでにコメは供給過剰に陥り、需給バランスが崩れてしまっています。コメは余っているにもかかわらず、生産され続け、多額の補助金が支払われています。
 今、必要とされているのは、農業を経営の視点で捉え、産業として成り立たせることです。この視点がなければ、国がいくら税金や補助金を使っても、整備してもダメです。
 日本では、一人あたり年間60キログラムのコメを消費していますが、農家がそれを生産するのに1万5000円~1万8000円程度かかります。そのコメを集荷業者や農協は農家から1万2000円前後で買い上げています。農家は3000円~6000円の赤字になるわけですが、この赤字を補てんするために、農家には多額の税金が補助金という形で支払われています。
 農家は従来、生産者として規模の拡大に力を注いできましたが、経営者として経営の拡大は図ってきませんでした。 今後は、国や農協に頼り続けるのではなく、農業経営者としてきちんと自立しなければなりません。
 国土面積が小さい日本においては、農業は品質で勝負すべきです。今こそ農産物は商品であるという原点に立ち返り、量の競争から質の競争へと脱却し、高付加価値化に励まなければなりません。

農家も消費者も学び合う

 みずほでは、農家に対して、栽培技術や商品の勉強会などのサポートを行っていますが、消費者に対しても、農産物に対する理解を深められるように日頃から働きかけています。
 1993年、日本は記録的な冷夏に見舞われ、コメ不足に陥りました。あちこちで国産米の買い占めが起こり、店頭からコメが消える事態が発生しました。みずほでもコメが飛ぶように売れましたが、私は、このような事態が起こるのは、消費者がコメづくりをあまりよく知らないからではないかと考えました。
 そこで、翌94年に、銀座2丁目に60㎡のミニ水田を作り、田植えを行い、稲を育てました。収穫されたコメは茶碗一杯分で210万円にもなりましたが、農業とは環境づくりであり、コメづくりは、稲が品質の良い種を付けるのを手助けする作業であることを理解してほしかったのです。
 また、みずほでは、野菜のカット売りは一切行っていません。消費者に、野菜の保存方法や調理方法などの知恵をつけてもらいたいからです。便利さを売るのではなく、想像力を売ることによって、農家も消費者も力がつくと考えています。
 さらに、会員の中から、公募で20名選び、2年間モニターになってもらっています。みずほの農家との話し合いの場に参加してもらったり、生産現場を見学していただいたりしています。農業者は美味しさの品質向上に向けて日々努力を重ねていますが、消費者には食べ方の品質向上を目指してほしいと考えています。
 このように、みずほでは農家と消費者が対等な立場で学び合い、お互いの信頼関係の構築を図っています。

  • コメも試食をして味を確かめることができる
  • 農産物はそのままの大きさで販売されている

消費者との信頼関係があればTPPは恐くない

 私は、農業の真髄とは、適地・適作・適材・適所であると考えています。農作物にはそれぞれ特性があり、それに見合った地域を地球上で探すのが農業です。
 農業を地球全体の規模で考えていけば、TPPで騒ぐことはありません。また、私のように、日本がTPPに参加するのは当然の流れと考えている農家は、決して少なくありません。
 TPPで日本の農業は壊滅すると言われますが、勝負はやってみければ分かりません。挑戦する前から、日本は外国のコメに負けると言う人は、そもそも農業に従事しなければよいのです。
 インターネットがこれだけ普及した今となっては、たとえ関税で外国からの輸入を規制しても、情報は容易に収集できますし、欲しいものは入手できるでしょう。国民にはもっと選択の自由を与え、どの国の何を食べるかは、各個人が判断すればよいのです。与えられたものだけを食べるのであれば、家畜やペットと同じです。人間には健康・生命・幸福を自分で選び、手に入れる権利があります。
 私は、仮に日本がTPPに参加しても、みずほの経営には影響がないと考えています。みずほには、品質に対する自信と、お客様との信頼関係があります。もちろん、切磋琢磨しないで生き残る保証はありませんが、農家がやるべきこと、販売者がやるべきこと、消費者のあるべき姿を明確にしながら、みずほが22年かけて築いてきたものは、簡単に壊れることはないと信じています。

農家のための研究会を立ち上げ

  • 「農業をきちんとした産業にしなければならない」

 巷では農家の高齢化が問題視されていますが、農家だけが歳をとるのが早いわけではありません。農家の高齢化が進んでいるということは、新しく農業を始める若者が少ないということです。
 私は、その原因は、日本の農業が産業として成立していないからだと考えています。わが国の農業の最大の欠点は、物事に対してどうしたらできるかではなく、これまでの経験をもとに、できない理由ばかりを考えてしまうことです。他の産業では、今までの常識を打ち破り、どうしたらできるのか、という視点で物事をとらえます。農業界もこの視点を持たなければなりません。
 私は以前から、日本の農業をきちんとした産業にしなければならないという想いを抱いていましたが、2009年、この想いに共鳴する者が集まって「茨城県最高品質農産物研究会」を設立しました。研究会では、企業や大学と連携して、より安全で安心な美味しい農産物を開発し、共同で国内および海外に販売していきます。スーパーは自社の利益の最大化を目指して営業していますが、研究会では、農家自身が、農家の利益と国民の健康のために、販売、流通、生産を行います。
 その第一号として、つくばに新しくできるショッピングモールに、販売店舗を構える準備を進めています。ショッピングモールは日本全国津々浦々にありますが、どこでも同じような店舗が並び、その土地ならではの特色が出ていません。私たちはそのニーズに答えたいと思います。
 モール内で販売すると言うと驚かれますが、大手の小売業者と同じ立場で販売するからこそ、対等に競い合うことができると考え、決断しました。

夢は全国500カ所の農産物直売所

  • 直売所を20年で全国500カ所に

 私の夢は、みずほのような農産物直売所を全国に500カ所立ち上げることです。現在はつくばと牛久の2店舗ですが、さらに店舗数を増やし、規模や品質を向上させて力をつけ、農業界にさまざまな提案をしていきたいと考えています。
 この夢の実現には、おそらく20年はかかるでしょう。工業製品であれば、技術の習熟と進歩により生産効率を向上させることが可能ですが、農業の場合、生育に1カ月を要するのであれば、1本でも10000本でも等しく1カ月かかります。農産物は時間を短縮することはできません。40年間農業を営んでも、作付けは40回しかできないのです。それが農業の難しさであり、また強みでもあると思います。
 社会全体から見れば歩みは遅いかもしれませんが、農業界で20年というと速い方です。じっくり着実に前進して、今後もさまざまな挑戦をしていきたいと思います。

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