日本の「いま」と「これから」 -TPP時代を見据えて-

TPPは農業変革の最後のチャンス 庄内こめ工房 齋藤一志社長①

養豚業と稲作を複合経営

  • 庄内こめ工房 齋藤一志社長

 私の本業は養豚業です。父は稲作と養豚を営んでいましたが、私は相場の変動を先読みしながら経営していく養豚にひかれ、注力していきました。1990年に(有)いずみ農産を設立し、現在では1300頭の豚を飼育しています。
 コメを扱うことになったきっかけは、93年の記録的な冷夏によるコメ不足です。豚糞を堆肥として使用していたことから特別栽培米制度※1が適用できるということで、近所に声をかけてコメを出荷しました。
 2003年にはコメの集荷・販売を行う(株)庄内こめ工房を設立し、現在では仲間の専業農家に対して苗の過不足の調整や肥料の手配など、ミニ農業協同組合(農協)のようなことも行っています。友人が友人を連れてきて規模が拡大し、グループで農家は120戸、耕作総面積は700ヘクタールほどになっています。

 その後、2009年には(株)まいすたぁを設立しました。庄内こめ工房が高品質、高付加価値のコメ作りを目指しているのに対して、まいすたぁは低コスト稲作の実証工場として安いコメ作りを志向し、餅などの商品製造設備のほか、低温倉庫や大型精米センターを備えています。
 現在、農作業は生産農家に委託しており、毎朝メールで指示を出しています。そのため、グループの社員数は、いずみ農産6名、庄内こめ工房1名、まいすたぁ8名と非常に少なくなっています。

 私は、本業は養豚で農業を客観的に見ることができること、加えて、必ず週に1、2回は田んぼに出て農作業を行い、現場の情報をリアルタイムで把握していることが、農業経営者としての自分の強みになっていると思います。

  • まいすたぁの精米センター
  • 豚舎からたくさんの豚が水田を見守る

TPPは農業変革の最後のチャンス

 日本の農家の風景は、昭和30年代の「トトロの森」の時代からほとんど変わっていません。また、生産規模も当時からほとんど変わっていません。農家は赤字になると国に補助を訴えてきましたが、その代表となる組織が農協でした。
 諸外国においては、農業は手作業を機械化し、大規模化していく中で、生産性を向上させていきましたが、日本では規模拡大が進まず、コストが高止まりしたままで、国際競争力を失っていきました。
 私は日本の農業の行く末に強い危機感を持っています。このままでは、我々のような農業を生業としている農家が先にやられてしまい、兼業農家は残るという結果になるでしょう。

  • 庄内こめ工房からの眺め

 TPPについては専門家ではないので詳しくありませんが、日本はこれまで自由貿易で輸出を伸ばして成長してきました。そのルールが変わろうとしている時に、日本だけ嫌だというわけにはいきません。皆と歩調を合わせるのが経済であり、一人で野球をしても仕方がありません。
 また、TPPへの参加は、農業変革の最後のチャンスであると思っています。TPPを契機として、農業政策の急速な転換を期待します。農家は昭和30年代から、朝起きて雑草を刈り、昼間は兼業先に出かけ、夕方に戻ってきて農作物を収穫するという生活を続けてきましたが、これが今後も続くとは考えられません。農業経営は今後、法人化しなければならないほどの規模拡大と農場経営が必要になるでしょう。
 TPP発効後10年もすると関税がゼロになるでしょうが、それに向けた農業政策がなかなか見えてきません。しかし、欧州のように直接支払※2にするしかないと思います。これまでの政策は、農村問題、地方問題、農業経営が混在していましたが、きちんと分けて考えるべきです。
 TPP交渉への参加について、山形県農業法人協会では、養豚業者以外はほぼ賛成です。花はすでにグローバル化していますし、サクランボなどの成功事例※3もあります。

  • 「TPPを契機に、農業政策の急速な転換を期待します」

 現在、小売業者は国産でリーズナブルな価格であれば、生産者と手に手を取ってやっていきたいと考えています。全国農業協同組合連合会(全農)はとにかく米価を高く釣り上げ、国も米価が高ければ補助金が少なくて済むと言っていますが、結局は消費者がすべて負担しているのです。現在はなるべく安価でコメを作り、相場を冷やす必要があるのですが、逆行した政策となっています。
 政府は、「米価1俵1万円を実現すれば、TPP発効後、国内米のファンは減るどころか輸出できるようになる」ことをきちんと発表し、その実現ための政策を明らかにすべきです。TPPをきっかけとして、農家の後継者や農外から新たに参入した就農者が、安心して農業に従事できるような政策を打つことが何よりも大事です。TPPに賛成、反対というのはそのあとの話です。

TPP不参加では地方都市も農村も崩壊

 すべての農家がTPPに反対しているようなイメージがありますが、実際に反対の声を上げている農家はあまりいません。農協の支持者はほとんどが小規模兼業農家であり、兼業先では社長に「TPPに賛成しないと会社がなくなる」と言われ、農協に行けば「反対」と言われているのです。
 生産拠点が次々と海外に移転するようになれば、農家の兼業先もなくなり、地方都市も農村も崩壊します。一部で、TPPに参加しないで工場の海外移転が進めば、専業農家が増えるという議論があるようですが、農業一本で食べていけないので兼業している事実を忘れています。兼業農家が二代、三代と続き、農業が厄介者になっているのが現実です。

  • 重機を揃えるには莫大な費用がかかる

 稲作の場合、4ヘクタール以下の規模ではすべて赤字で、20ヘクタールを超えて初めて安定するようになります。これは、固定費の割合が高いためです。
 例えば、2ヘクタールでは収穫は約200俵、売上は240万円程度ですが、トラクターやコンバインなどの設備投資には数千万円かかります。これでは全く採算が取れません。このあたりでも農家50戸あたり1、2戸は自己破産していますし、夜逃げもあります。
 そのため大規模化が必須となるのですが、規模を拡大して100~300ヘクタールとなっても、コストが下がらない現実もあります。滋賀の友人の例ですが、田畑の集約により耕地面積は140ヘクタール超あり、今も増え続けているそうですが、あちこちに点在しているため自分の田畑がどれか分からなくなり、忘れてしまうこともあるそうです。
 所有者が入り乱れている田畑を交換して効率を高めようという話は昔からありますが、個人が交渉しても「自分の田んぼは良質だが、あいつのところは悪い」となり、一向に話が前に進みません。そのため、政府には、区画整理や水路、農道などを地域一体で整備する大区画ほ場整備事業を促進してほしいと思います。面的集積を進め、作業効率を向上させてはじめてコストダウンできます。
 現在の政策は農家の保護を目的としており、何かを育成しようというポリシーが感じられません。さながら、「あなたの親兄弟が生活保護で暮らしているのだから、あなたも生活保護を受ければ良いではないか」と言われているようなものです。これはおかしい。「頑張って働いて税金を払えるようになりましょう」というのが筋でしょう。現在の農家はある意味では特権階級と言えるのではないでしょうか。

  • 農林水産省の表示ガイドラインで定められた制度で、生産された地域の慣行レベル(各地域の慣行的に行われている節減対象農薬及び化学肥料の使用状況)に比べて、節減対象農薬の使用回数が50%以下、化学肥料の窒素成分量が50%以下で栽培された米に対し、認証シールを貼付することができる制度。
  • 価格支持制度において、支持価格の引き下げによる農業者の所得減少を補填するために、財政から農業者に直接支払いを実施する制度。
  • アメリカン・チェリーの輸入自由化後、売り場におけるサクランボ・シーズンが長期化し、消費者のサクランボを食べる習慣が根付いた結果、国内のサクランボ市場も30%拡大された。

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